槍ケ岳〜奥穂高岳 山スキーワンディ単独行
――耳が不自由でも単独チャレンジ――

 私は、幼いときから耳が不自由だが、これまでにそのハンディを乗り越えてさまざまな
スポーツに挑戦してきた。2003年に膝の軟骨が痛み移植手術を受け、長期リハビリを行っ
た。今でもランニング着地時に多少神経を使う。2004年には、職場環境が大きく
変わり体調を崩してしまい、腰椎ヘルニアになり、歩行もできず約1ヶ月入院し
たが、この時期が人生で一番つらい時期であった。
手術は成功し歩行もできるようになった。膝は100%完治していないが、ランニングより負担
の少ない工夫をしながらできるだけ多くの山に登った。そのとき日本2百名山踏
破を目指し、2007年11月山梨県の乾徳山をもって、2百名山の登頂を成し遂げた。
そして、2007年ろう者では世界で初めてヒマラヤのチョ・オユー(標高8201メートル)の登頂に成功した。
 私は、日本百名山、2百名山を登頂したが、その中でも槍、穂高が一番好きである。
H氏が槍ヶ岳+奥穂高岳 ワンディ成功!山スキーMLを拝見し感動した。そして、
自分も北アルプスで気力体力の限界に挑戦してみようと、槍と奥穂高岳のワンディ登頂を試みた。
これは累積標高差3560メートル、19時間におよぶ試練の山旅となった。

第1回目の挑戦 2008年4月21日
 新穂高から槍ケ岳ワンディを目指したが、槍平小屋を通過後飛騨沢に右に曲がった登り時、
山スキーシール歩行中氷雪が飛ぶぐらいの凄い突風のため耐風姿勢をしたが、体
とスキー板が後ろへ引かれてしまい転倒、滑落した。運よくウィスペットストッ
クで押し止まったが、それ以上は危険なので断念した。

第2回目の挑戦 2008年4月28日
【コース】新穂高→飛騨沢→槍ケ岳→天狗原→横尾本谷→涸沢→奥穂高→白出沢→新穂高

 前回は天候が不順で断念し、1週間後に再挑戦を決行。新穂高から槍ケ岳を往復するか?
槍ケ岳から天狗池を経て奥穂高登頂するか?は、槍ケ岳到着後に体調と時間で判断することにした。
 深夜11時半起床。2時間半は眠れただろうか、眠いが行くしかない。深夜12時31分ヘッドライトを
点けて新穂高を出発した。穂高平避難小屋を過ぎたところからシール歩行。満天の星を見上げる
こともなく黙々とひたすら歩いた。
3時57分:槍平小屋にようやく到着。ここで最初の休憩をとりおにぎりを食べた。時間が早く
飛騨沢はクラストしていてクトーでがんがん登り、ひたすら飛騨乗越を目指した。途中霧が出て
晴れてほしいと何回も願った。
6時半:新穂高から約6時間で飛騨乗越に到着。自分の体力としては予想以上のハイペースで
あった。霧がパッと晴れ槍ケ岳を挟んで大喰岳が聳えている。風がかなり強くシールからアイゼンに
変更する。耐風姿勢をしながら7時に槍ケ岳山荘に到着、手足の感覚がなくなり山荘にてしばらく休憩
を取った。槍ケ岳山頂を目指したが、強風のため危険と判断。標高3208メートルまで行き引き返し、
体力には充分余裕があったので奥穂高を目指すことにした。
8時50分:槍ケ岳山荘出発。槍沢を2500メートルまで滑降!クラストだが滑りにくい。
天狗池を経て、横尾本谷に滑降する前にコルまで標高差200メートルの登り返しである。真っ白な
雪、誰も居ない雪原は貸し切りだ。踵ラッセル歩行。
10時03分:コルに到着。槍ケ岳や北穂高岳などの眺望は素晴らしく感動した。
10時11分:エントリー。私はアルペンスキー競技出身だが、できるだけカービングターンで
ハイスピードで滑降した。18分で横尾谷と涸沢合流点に到着した。涸沢ヒュッテは登山者が大勢
いてつぼ足跡がたくさん見られた。15分休憩。ここから奥穂高だけまでは標高差
1300メートルの登りである。乗り越えなければワンディは成功しない。やる気も出てきた。
涸沢ヒュッテまでシール歩行。気温も徐々に上がりグサグサ重雪になり標高2700
メートル付近から斜度も増し、脛から膝まで潜るラッセル歩行となり、体力の消耗も激しかった。
予定より遅れて14時36分に穂高岳山荘に到着した。
15時34分:15分の休憩後奥穂高岳に登頂。360度の展望は素晴らしかった。ゆっくり
と写真撮影を行う。遥か先に槍が見え感無量である。あとはもう下るだけである。
事故の多い雪壁は特に注意しながら、山頂から穂高岳山荘まで慎重に下った。
16時41分:穂高岳山荘の裏側から白出沢に飛び込み、穂高平避難小屋まで下るのみで、
雪崩れに気を付けながら一気に下った。白出沢中間から白出大滝までデブリがあっ
て滑りにくかった。
17時11分:白出大滝付近は腰まで潜るラッセルであったが、雪が繋ぐ谷を発見し、
あっという間に18時30分に白出小屋に到着した。
18時52分:穂高平避難小屋手前でスキーは終わり。板を担いで新穂高まで歩行。
19時26分:新穂高に到着。新穂高まで雪があればもっと早く着いただろう。全行程
約19時間で踏破。累積標高差3560メートル、念願の山スキーワンディに成功した。
今日は完全燃焼、最高の気分だ。

美しい槍ヶ岳 奥穂高登頂。槍ヶ岳が見えた。感無量である。
 
 私は、登山の中でも山スキーが一番好きである。厳冬期、残雪期はワカン登山より
山スキーのほうが速い。それが魅力である。Webを見る限りワンディ成功者は3人
しかいないかもしれない。まして、単独でろう者の登山は初めてではないだろうか。
ろう者の私は登山の経験も多く特にハンディはないが、雪質チェック、気温、時
間帯、地形などを充分に観察に判断し決定するしかない。夜間は雪がしまり落石
も少ないので、昼間より安全であるが音による危険などの判断ができないハンディ
は大きいかもしれない。しかし、これからも挑戦をし続けたい。

GPSを使ったルート